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街角から.....5/8/2008 庚申塚庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、
中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことです。 こうした庚申塚は日本全国の至る所で見ることができますが、
私の町でも昔は、道祖神も含めて72基ありました。 庚申塚にもいろいろな文字が刻まれています。
「庚申」が最も多く、ついで「幸神」、「幸申」、「猿田彦尊」、 「猿田彦大神」などがあり、あるいは無銘の石碑もあります。
人間の体内には三尸の虫がいて、
60日目ごとに回ってくる庚申(かのえさる)の夜に、
眠った体から出て天に昇り、 その人の悪事をあることないことを天帝に告げるために生命を、
縮められる、という中国の道教の教えがあります。 報告に行くのを防ぐために、 庚申の日に眠らずに夜を明かす風習が生まれました。
室町時代に入ると道教を底流として、仏教的な信仰が加わり、
庚申待ちをする講が結ばれ、
庚申塚(塔)を造って建てて行くことが始まりました。 庚申待ちの行事や、庚申塚の造立は人の延命、招福がありますが、 村の講演中の者が徹夜で飲み食いを取ることから、 村民の連帯にも繋がったと言われます。
江戸時代になると庚申塚もいろいろな種類を取って、
全国各地に造って立てられました。
道の傍らにある石仏の中で最も親しまれ、 現在でもお正月の3日には付近の者が集まって、
申緒を作り、庚申の夕べには塚の前で飲み食いを共にする風習が、 今でも残っていりとこあります。
似たものに道祖神(どうそじん)や賽の神さまと 呼ばれるものがあります。
悪疫を防ぐために各地の村の境に造って立てられ、 交通安全の意味を加えるとともに
人の一生を旅にたとえて、妊娠、出産、幼児守護、良縁、和合、 性病の神としての性格を持つようになりました。
男女を通して、生産神、田の神、山の神的性格を持つなどして、
その発展と変化は複雑です。
また、私の町にある庚申塚は一里塚として使用されていたものです。 4/25/2008 日本からラーメンが届きました。ブログをしていると辛いこともあるけれど、
また反対に嬉しいこともあります。
以前、ブログ仲間のネコのフーさんが、「北海道のラーメン」のことを
書いておられました。
インスタントもここまで進化していたか!
ラーメン好きの私にはたまらないお話です。
それで、フーさんにおねだりして、
このラーメンをパリまで送って頂く事にしました。
今日、アパートに帰ると、
ネコのフーさんが送ってくださったラーメンが届いていました。
フーさん、ありがとうございます。感謝、感激です。
パリにはラーメン屋は、何軒かありますが殆どがフランス人相手のためか、
日本人向けの味ではないのです。
そして、その割にはユーロ高で凄く高いのです。
早速、作っていただいてみました。(画像は撮るのを忘れました)
やはり書いてある通りとても美味しいです。
4/13/2008 2人大神が祀ってある赤崎神社 周防灘に面した竜王山のふもとに古式豊かな赤崎神社があります。 この神社には2人の大神がが祀られています。 大己貴大神(大国主命)と少彦名命(スクナビコナのミコト)ですが、大国主命は誰でもが知っていますが、少彦名命は余り馴染みのない神様だと思います。 そこで、ネットで少彦名命について調べてみました。
少彦名命は、スクナヒコナとも呼ばれて日本の神話に登場する神さまです。 古事記では神皇産霊神(かみむすびのかみ)の子とされ、日本書紀では高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の子とされています。 体が小さくて敏捷、忍耐力に富み、大国主と協力して国土の経営にあたり、医薬・禁厭などの法を創めたとわれます。 そこで、日本では、少彦名命(すくなひこなのみこと)が人間に医薬と農業を教えたとされています。
日本書記(720年)によれば、少彦名命は呪いが上手で医薬の道に優れているため、酒の醸造法を改良したともいわれ、酒を医薬として使ったとされています。 また、大己貴神((おおなむちのかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)と並称されるが、この場合は農耕や労働は大己貴神の行動として語られています。 古事記、日本書記には、この両神は兄弟の契りを結び、協力して国土を納めることに尽力し、医薬の道を大成されたと記載されています。
大己貴命(大国主命)は、古事記(712年)に鮫に皮を剥がれて傷ついた因幡の白兎の有名なお話があ、これは皮膚傷を治すことが記されており、まさに医薬に関係の深い神であることを示しています。この赤崎神社の由来は 日本書紀の物語に登場する大己貴命、少彦名命は九州に参詣して、大和国に帰る途中に須恵村の赤崎という浜に船を着けて上陸されました。この時、住民たちに漁業、塩業、農業の術を授けられました。
昔は、境内の北側は海になっていましたが、ここに「美奈登池」と呼ばれる池があり、潮水の混じらない湧き泉水がありました。 1272年、この地方に疫病が流行した時に奈良県桜井市の大三輪神のお告げにより、この泉水を飲んで治療し、疫病が伝染するのを免れました。以来、この奇跡で住民が幸せになったために大三輪神をこの地に祀ったと伝えられます。
そして、この神社にある数ある鳥居の中で珍しい形の三輪鳥居があります。これは桜井市にある大神神社の鳥居をかたどったものです。 1880年に、火災により社殿を焼失しました。1882年に再建されました。 春分・秋分の中日に朝早くお参りし七つの鳥居をくぐれば中風除けのお陰がります。 このような由来のある神社ですが、私が生まれたときに行ったお宮参りは、母の話では、この神社です。今まで何とも思っていなかった神社ですが、このような謂れがあったとは初めて知りました。 ☆ 少彦名命のお話については、「薬100話」のサイトからお借りしました。 http://www.sagayaku.or.jp/kusuri100w/kusuri100_09.htm 2/23/2008 サクラが咲いた2/16/2008 角島 実家に帰ると必ず連れて行っていただく場所があります。
私の家からは車で日本海に抜けて走り2時間ぐらいで本州の端に着きます。ここに角島大橋という山口県豊北町の角島と本土を結ぶ橋が架かっています。 島を結ぶ無料の一般道としては、日本一の長さを誇る橋です。万葉集にも登場する角島は人口約1000人の豊かな自然に恵まれた島で、周辺を最大透明度18mという美しい海域に囲まれた「北長門海岸国定公園」になっています。
訪れたのが冬の1月のためか天気も今一で、わずかに青空が出た時に綺麗な海を見ることができました。夏に行くと真っ青い海を見ることが出来るそうです。この島にかかっている大橋は車の宣伝のイメージフイルムになっているのをTVで見ました。
夏に行くと何と言っても綺麗なのが海岸に一面に咲いているハマユウの自然群生地です。未だに一面にハマユウの花が咲いているのを見たことがないので一度は見たいと思っていますが、なかなか機会がありません。
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